6月15・16・17日

・6月15日。水曜日。11時に起きる。「面談日のためにやっておかなければならないこと」のうち、2割くらいしかできていないので、そのやましさから下手くそな外国語でA4で1枚ほどのレジュメを書いて研究室へ。見通しの甘さもさることながら、一番驚いたのは、まわりまわって「やるべきこと」が「大学院入学時にやろうと思ったこと」に戻ってきてしまったことである。こっちだよと言われた矢印のほうへ進んでみると、何ともそこは卒論で扱ったテーマと部分的にではあれ見事に重なっているのだった。端から見れば「全然だめー」と怒られているようだが、その内実はなんだか「ぽん」と背中を押されたような気がしたね。いっそう自信がわいた。6月というのはそういう季節なのかもしれぬ。

・6月16日。木曜日。6月も折り返し。「呪いのコミュニケーション」に対して、どのように対峙すればよいのか? その答えは「第三者をまじえる」ことに尽きる。逆に言えば、事実としてそういう「呪詛の人」(自分が絶対的に正しいという前提の下で、相手を厳しく論難して絶句させ沈黙させるタイプの人)は、「第三者をまじえる」ことを嫌う傾向にあるような気がする。なぜなら「呪い」は「1対1の関係」においてのみ可能(であると信じることができる)からである。それは「愛」が「1対1の関係」においてのみ可能である(とやっぱり信じられている)ことの裏返しである。相手にとっての「呪い」は、彼にとっての「愛」である。しかしそれは「愛を知らない」ということの裏返しでもある。となんだか裏返ってばかりであるが、愛について語ってしまいました。んなもん存在しないってのに。

・6月17日。金曜日。今日中に送りますと言っていた仕事(半年前に訳したものの手直しをする)が全然終わっていない。というか、読みはじめてみると、誰だこのヘタクソな日本語で訳したのは、と怒りが込み上げてくるから、終わるはずがない。もう一方の翻訳のほうは「詩」(詩など訳したことがないので、楽しみである)なので、ほんとうにもう暗中模索である。夜は高円寺に「能と昆劇プロジェクト」とかいうパフォーマンス+トークを見に出かける。銕仙会の西村高夫が「平日昼間のおじいちゃん」のような出で立ちで能を舞うというのは、本人はたいした違和感はないと言っていたが、見ているものにとってはかなりの衝撃だった。しかし昆劇の何たるかを共有できていないので、そこを多少なりとも広げていかないと、プロジェクト全体の主旨がいまひとつ伝わりきらないのではないかという恐れあり。Sさんを駅まで送りとどけて11時頃帰宅。