8月20・21・22日

・8月20日。土曜日。午後から喜多見といふ駅に向かつた。とある先生のご自宅でひつそりと開催されてゐる研究会(といふと堅苦しいといふので「塾」と呼ばれてゐる)に参加するため。5時すぎまで色々と意見交換をして、そのあとはみなさんと食事。正直に申し上げると、こちらがメインなのかしらと思つた(そんなこと言つたら怒られるかな)。ここからは先生の旦那さまも参加。初めてお会ひした(その筋では有名な方なのださう)が、とても温和でユーモラスな方である。先生もお酒が飲めるまでに快復なさつたのが何より。頭蓋骨を「はづす」ほどの手術をしたとは思へない。「大変だったのよ」とおつしやつていたけどね。ついでに「そのうち発表してね」とお茶目に言はれた。貪欲すぎると思ふ。まだまだ暑い夜風を浴びて、9時頃に帰宅。

☆頭蓋骨のかたち確かめ新酒酌む

・8月21日。日曜日。午後から大久保で句会。今月は8人ほど。兼題は「朝顔」「西瓜」「流星」「敗戦忌」など。例によつて、つくりこんだ句はほとんどヒットせず。角川春樹は何でもかんでも「原爆忌」で作句してしまふと言ふけれど、参加者のひとりが「原爆忌」といふ言葉はあまり使いたくなくて、「広島忌」か「長崎忌」を採用したいと言つていた。なるほどねえ。さう言へば、とある俳人がこれに倣つて「福島忌」(フクシマは片仮名だったか)といふ句をどこかに書いていたが、大規模な災害であるといふ連想だけで、かういふ言葉をつくりあげてしまうのは、いかにもセンスがないと思つた(怒つているのではありません、念のため)。そもそも、「広島忌」や「長崎忌」だつて、原爆が落とされた直後から使われ始めたわけではないでせう(調べてないから確かなことは言へないけど)。

☆福島忌と言ふを嗤ふる原爆忌

・8月22日。月曜日。出勤日だけど、あまり仕事がないので一日中翻訳。3月〆切だつたのが地震のせいで5月に延び、5月〆切だつたのが怠惰のせいで7月に延び、これ以上は先に延ばせませんと編集者に言はれている。他の3人の共訳者(全員「大」がつく先輩である)はどうなのだらう。動向など怖くて探れぬ。分量的には大丈夫でも、邦訳があるものは裏をとらなければいけないし、他分野の専門用語などもやや面倒。あとは文体の問題。少し堅すぎるかなと思いつつも、そんなところまでは気にしてられないね。夜は疲れたので7時半くらいから、神保町のお店に飲みに行く。月曜日であるせいか、お客さんはカウンターのみ。Hさん(4時半から飲んでいるといふ)に絡まれているKさんなどと談笑。帰りがてら、いはゆる前衛系の俳句をどう思ふか、などといふ話。Kさんが「攝津幸彦はそれでも何かありさうな気がする」と弁護。ははは。顔が普通のをぢさんだものね、攝津さんは。好感がもてる顔だ。

☆前衛も保守本流も流れ星